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浦和地方裁判所 昭和57年(行ウ)17号 判決

埼玉県八潮市鶴ケ曽根一、二九七番地

八潮中学校内

原告

伊藤隆男

同県越谷市赤山町五丁目七番四七号

被告

越谷税務署長

高坂和正

右指定代理人

小黒寿

長沢幸男

三ツ木信行

荒谷英男

北澤福一

右当事者間の昭和五七年(行ウ)第一七号裁決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり、判決する。

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

原告は、「被告が、原告の昭和五六年分の所得税確定申告(外国税額控除五〇九円)について、昭和五七年五月一〇日した外国税額控除を零円とする旨の更正処分を取り消す。」との判決を求め、被告指定代理人は、本案前の申立として主文と同旨の判決を求め、また、本案に対する答弁として、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二当事者双方の主張

一  原告は、請求原因として、次のとおり陳述した。

(一)  原告は、昭和五七年三月九日被告に対し、昭和五六年分の課税される所得金額に対する税額は金一〇、三〇〇円であるところ、後記(二)のような理由をもって右税額から金五〇九円を外国税額として控除して確定申告をしたが、被告は、同年五月一〇日右控除を認めず、外国税額控除を零円とする旨の更正処分(以下、本件更正処分という。)をした。原告は、同年七月一〇日被告に対し右更正処分を不服として異議申立をしたが、被告は、同年九月二二日右申立を棄却する旨の異議決定をなし、同月二四日原告に対し右決定書謄本を送達して通知した。

(二)  ところで、原告の昭和五六年分所得金額に対する税額金一〇、三〇〇円のうち金五〇九円は、わが国の昭和五七年度歳出予算に対し防衛庁予算が占める割合に相当する。しかして、日本国憲法第九条はわが国が軍隊を保持することを禁じており、自衛隊は軍隊であるから、自衛隊のために使用される防衛庁予算へ充当することを目的とした所得税は、軍税であって外国所得税に該当する。従って、被告が原告に対して課した所得税額のうちから金五〇九円を控除した額が原告の負担すべき所得税額というべきであるから、被告のした本件更正処分は違法である。

(三)  なお、原告は、本件更正処分につき、国税不服審判所長に対する審査請求についての裁決を経ないで本件訴を提起したものであるが、原告は、以前にも本件と同一内容の主張をして所得税の還付請求をした際、これが棄却の異議決定について国税不服審判所長に対する審査請求をして棄却の裁決を受けたことがあるところ、本件更正処分に対する異議申立棄却決定は、右裁決とほぼ同一の理由をもってなされたものであり、たとえ本件更正処分について審査請求をしたとしても、従前の裁決と同一内容の裁決がなされるであろうことは容易に予想されるものであって、原告が本件において、異議申立の外に、進んで審査請求を求めることは無意味であるから、原告には、国税通則法第一一五条第一項第三号後段にいう裁決を経ないことにつき、正当な理由がある。

(四)  よって、原告は、本件更正処分の取消を求めるため、本訴に及んだ。

二  被告指定代理人は、請求原因に対する認否及び被告の主張として次のとおり陳述した。

(一)  請求原因(一)の事実を認める。

(二)  同(二)の事実及び主張を争う。

所得税法は国家歳出予算の項目に対応して課税するものではないから、原告の昭和五六年分の所得税額金一〇、三〇〇円のうち金五〇九円が防衛庁予算へ充当するため課税されたということはない。また、所得税法第九五条所定の外国税額控除は、日本国の居住者がその年に生じた所得でその源泉が外国にあるものについて、その所得の源泉の所在国の法令により所得税に相当する外国の税を課せられた場合に限り適用されるものであるところ、本件において原告の昭和五六年分の申告所得金額には、外国にその源泉のある所得が含まれていないから、控除すべき外国の税は課せられていないものであって、所得税法の右規定は適用されない。

(三)  同(三)のうち、原告が本件更正処分につき審査請求をせず、裁決を経ていない事実を認めるが、その余の事実を争う。

国税通則法第一一五条第一項第三号後段に規定する正当な理由とは、不服申立の決定又は裁決をまっていたのでは不服申立人に著しい損害が発生することが客観的に予見される場合等やむを得ない合理的な理由が存する場合等をいうのであって、原告主張のように、従前の裁決と単に同一結果になるだろうとの予測だけでは、これに該当しない。

(四)  以上の次第であって、原告の本件訴えは審査請求に対する裁決を経由していないから不適法として却下されるべきであり、仮にそうでないとしても、本訴請求は理由がないから失当として棄却されるべきである。

第三証拠

原告は、甲第一ないし第一二号証を提出し、被告指定代理人は、甲第四号証の成立は知らない、その余の甲号各証の成立を認める、と述べた。

理由

一  本件訴えの適否について判断する。

(一)  原告が昭和五七年三月五日被告に対し昭和五六年分の課税される所得金額に対する税額金一〇、三〇〇円のうち金五〇九円を外国税額控除して確定申告をしたこと、これに対し被告が同年五月一〇日右控除を認めず外国税額を零円とする本件更正処分をしたこと、そこで、原告が同年七月一〇日被告に対し右更正処分を不服として異議申立をしたが、被告は同年九月二二日右申立を棄却する旨の異議決定をし、同月二四日原告に対し右決定書謄本を送達したこと、原告が本件更正処分につき国税不服審判所長に対する審査請求についての裁決を経ていない事実は、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  国税通則法第一一五条第一項本文によれば、国税に関する法律に基づく処分で不服申立をすることができるものの取消しを求める訴えは、審査請求をすることができる処分にあつては審査請求についての裁決を経た後でなければ提起することができないと規定されているところ、原告が国税不服審判所長に対し審査請求をなしうる(同法第七五条第三項)本件更正処分につき審査請求についての裁決を経ていないことは、前に説示したとおりである。原告は、以前に本件と同一内容の事案につき審査請求をし、棄却の裁決を受けたことがあり、本件について審査請求をしても棄却されることが予想され、再び審査請求するのは無意味であるから、審査請求についての裁決を経ていないことについて同法第一一五条第一項第三号後段にいう正当な理由がある旨主張し、成立に争いのない甲第一一、第一二号証によれば、原告が昭和五五年分所得税についての確定申告において被告に対し、本件と同様、自衛隊のために使われている税金は、外国が課税したものであり所得税として課税される所得金額に対する税額のうち外国の税額金二、一一〇円が含まれているから、還付金の額に相当する税額金一、六〇〇円を金三、七一〇円と更正すべき旨の更正の請求をしたが、更正すべき理由がない旨の通知処分を受けたので被告に対し異議申立をしたが、棄却の異議決定を受けたため、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、昭和五七年五月一九日、所得税として納付すべき税額は所得税法その他の税法の規定により定まるものであつて、国の歳出予算に左右されるものではないこと及び所得税法上、防衛費相当額を控除できる規定はないことを理由にして棄却の裁決を受けたことを認めることができる。

思うに、国税通則法第一一五条第一項第三号後段の規定にいう「正当な理由」とは、不服申立についての決定又は裁決をまつていたのでは、不服申立人に著しい損害の発生が客観的に予見される等、裁決を経ることができないことについてやむを得ない事情が存在する場合をいうものと解するのが相当であり、原告において、以前に、本件と争点を共通にする事案につき審査請求をなし、棄却の裁決を受けたものであるとしても、審査庁は、従前の資料により形成した心証や意見をもつて裁決するものではなく、新たな資料に基づき、改めて形成する心証と意見に基づき判断するものであるから、本件更正につき審査請求を経ることが無意味であるとはとうてい言えず、裁決を経ないことについて、正当な理由があるものとは認め難い。

他に、裁決を経ないことにつき正当な理由が存することを認めるに足る事実上の主張並びに立証はない。

二  以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件訴えは、不服申立の前置を欠く不適法なものというべきであるから、これを却下すべきものである。よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長久保武 裁判官 榎本克己 裁判官 坂野征四郎)

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